2025年10月17日以降(2028年10月16日までの経過措置期間内)経営管理ビザ更新の影響
1. はじめに:歴史的転換点と政策意図の理解
2025年10月16日施行された経営管理ビザの制度改正は、単なる要件の変更ではありません。これは、日本の外国人起業家受け入れ方針における歴史的な転換点であり、国家戦略の変容を象徴するものです。
政府が断行した今回の厳格化には、3つの明確な政策意図が透けて見えます。
これは単なる要件変更ではなく、国家として求める起業家像の再定義です。
- 制度の悪用防止: 資本金500万円という基準は、長年の円安進行なども相まって国際的に見て極めて低い水準となり、「お金で買えるビザ」と揶揄される状況を生み出していました。(実際に事業活動を行わないペーパーカンパニーを設立し、在留資格を得るためだけに制度が悪用される事例が増加したことが、厳格化の最大の引き金となりました。)
- グローバルスタンダードへの同調: 今回の改正は日本の起業家ビザの基準を他の先進国の水準に近づける狙いがあります。諸外国では、より高額な投資や事業の実現可能性を厳しく問うのが一般的です。日本経済へ真に貢献する意思と能力を持つ、質の高い起業家を誘致し、国際競争力を高めるための戦略的な措置と位置づけられています。
- 国家戦略との連動: 3,000万円の資本金と雇用義務という要件は、より大規模で、雇用を創出し、日本経済に深く根付く可能性のある企業を優遇する明確な意思表示です。これは、経団連などが提言する「世界レベルの高度人材」を惹きつけ、産業競争力を強化するという国家戦略とも軌を一にするものです。
この政策転換は、日本が今後、事業の「安定性・継続性」を備えた、より質の高い起業家を求めているという明確なメッセージです。
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以下で方針転換を具体化した5つの新しい許可基準について詳述します。
2. 新制度の全体像:厳格化される5つの主要要件の徹底解説
新制度では大幅に要件が厳格化されました。
これらの新要件は、これまで以上に事業の「安定性・継続性」を厳しく問い、起業の初期ハードルを格段に引き上げるものです。以下に5つの主要な新基準をまとめます。
| 要件
項目 |
新基準の概要 | 旧基準との比較 | 定義・補足 | 戦略的意味合い |
| ① 資本金要件 | 3,000万円以上 | 500万円以上 | ・法人: 払込済資本の額または出資の総額。
・個人事業主: 事業運営に必要な総額(事業所確保費用、従業員給与、設備投資費など)。 |
事業の財務的基盤と安定性を証明する最も基本的な指標。安易な起業を排除し、持続可能な事業運営能力を問う。 |
| ② 雇用要件 | 常勤職員1名以上の雇用が加えて必須 | 資本金500万円の代替要件だった | ・常勤職員: 日本人、永住者、特別永住者、定住者、日本人の配偶者等、永住者の配偶者等に限られる。 | 資本金要件に加えて課されることで、日本国内での雇用創出への貢献を明確に義務化。
事業規模の客観的指標となる。 |
| ③ 日本語能力 | 申請者 または 常勤職員に相当程度の日本語能力が必須 | 実質的な規定なし | ・JLPT N2以上
・BJT 400点以上 ・日本の大学等の卒業者 ・日本の義務教育を修了した高等学校の卒業者 など |
円滑な事業運営能力を担保するための要件。
経営者自身に能力がない場合、それを補う人材を確保する組織力が問われる。 |
| ④ 経営者の経歴 | 3年以上の経営・管理経験、または関連分野の修士・博士号が必須 | 実績を総合的に判断 | ・経営管理、又は事業に必要な技術・知識に関する学位(海外の学位も含む)が対象。 | 申請者個人の経営能力を客観的に証明する要件。
事業計画の実現可能性を人的資本の面から裏付ける。 |
| ⑤ 事業の実態 | ① 自宅兼事務所は原則不可<br>② 専門家による事業計画の確認が必須 | ① 一部で認められていた
② 提出義務のみ |
・専門家: 中小企業診断士、公認会計士、税理士など。 | 事業の物理的な実態と、計画の客観的な実現可能性を厳しく問う。
ペーパーカンパニーの完全な排除を目指す。 |
これらの新要件が組み合わさることで、経営管理ビザ取得のハードルは質・量ともに大幅に引き上げられました。
では、既にビザを保有している経営者は、この変革にどう向き合えばよいのでしょうか。
3. 【経営管理ビザ 更新】既存ビザ保持者への影響:3年間の経過措置と更新審査の変容
今回の制度改正は、新規申請者だけでなく、既存の経営管理ビザ保持者にも重大な影響を及ぼします。
政府は急激な変化を緩和するため、施行日から3年間の「経過措置」を設けていますが、これは単なる猶予期間ではありません。
新基準への適応に向けた具体的な行動が求められる「準備期間」と捉えるべきです。
経過措置期間中の更新申請(〜2028年10月16日)
- 総合的な判断の枠組み: この期間内の更新申請では、新しい許可基準(資本金3,000万円など)をまだ満たしていなくても、直ちに不許可となるわけではありません。現在の経営状況や、「新基準に適合する見込み」等を踏まえて総合的に更新の可否が判断されます。
- 「適合する見込み」の重要性: ここで極めて重要なのが「適合する見込み」という点です。これは、「3年後に向けて、新基準をクリアするための具体的な計画や行動を起こしているか」が厳しく審査されることを意味します。例えば、増資計画や常勤職員の採用計画などを策定し、実行に移しているかどうかが問われます。これは「3年間は今のままで大丈夫」という意味では断じてなく、「3年後に向けた具体的な行動計画を示せない場合、それ自体が更新不許可の積極的な理由となり得る」という厳しい警告です。
経過措置終了後の更新申請(2028年10月17日〜)
- 新基準適合の原則義務化: この日以降の更新申請は、原則として新しい許可基準への適合が必須となります。
- 例外的な許可の可能性: ただし、基準を満たせない場合でも、経営状況が非常に良好で、法人税等の納税義務をきちんと果たしており、次回の更新時までに新基準を満たす強い見込みがあれば、例外的に更新が許可される可能性も残されています。
経過措置期間中であっても、これまで以上に厳格に審査される項目が存在します。
4. 更新審査における新たな重要審査項目と対策
制度改正に伴い、経過措置期間中であっても、これまで以上に厳格に審査されるようになった「事業の実態」に関する項目が存在します。
これらは、事業の健全性と経営者の遵法精神を示す客観的な証拠として、更新審査の可否を左右する重要なポイントとなります。
① 公租公課の履行状況
- 審査内容: 税金や社会保険料などの支払い状況が、極めて厳しく確認されます。未納がある場合、更新は非常に困難になります。
- 労働保険: 雇用保険・労災保険の適用・納付状況
- 社会保険: 健康保険・厚生年金保険の被保険者資格取得・納付状況
- 国税: 法人税、消費税、源泉所得税など
- 地方税: 法人住民税、法人事業税など
- 対策: たとえ経営が赤字であっても、公租公課の滞納は「法令遵守意識の欠如」と見なされ、事業継続能力への信頼を根本から揺るがします。法令を遵守した適正な納付が、ビザ更新の絶対条件です。
② 経営者としての活動実態
- 審査内容: 経営者自身が日本で実質的な経営活動を行っているかが問われます。改正後のガイドラインでは「業務委託を行うなどして経営者としての活動実態が十分に認められない場合は、許可しない」と明確化されました。民泊運営を業者に丸投げしているようなケースは、リスクが格段に高まります。また、「正当な理由なく長期間の出国」も活動実態がないと見なされる可能性があります。
- 対策: 経営者自身が日本に滞在し、経営戦略の策定、財務管理、取引先との交渉など、本来の経営活動に従事している実態を、会議議事録や業務日報などで客観的に証明できるようにしておくことが重要です。
③ 事業所の実態
- 審査内容: 事業所の物理的な実態が、事業規模に見合ったものであるかが厳しく審査されます。
- 自宅兼事務所の原則不可: これまで一部認められていた自宅兼事務所は、原則として認められなくなりました。
- レンタルオフィスの限界: 常勤職員1名以上の雇用が義務化される新基準下では、一人用のレンタルオフィスでは職員の業務スペースが確保できず、事業所として認められない可能性が極めて高くなります。
- 対策: 事業活動に適した独立した事業所を確保することが不可欠です。また、雇用する常勤職員が問題なく業務に従事できるスペースを確保しているか、という視点でオフィスを選ぶ必要があります。
④ 入管法上の届出義務の履行
- 審査内容: 税金や社会保険の支払いだけでなく、入管法に基づく届出義務も厳しく審査されます。住所変更や所属機関(会社)の名称・所在地変更など、定められた届出を怠っている場合、管理能力の欠如と見なされ、更新に悪影響を及ぼす可能性があります。
- 対策: 法令遵守は財務面だけではありません。在留資格に関わる全ての届出を期限内に正確に行うことが、信頼できる経営者であることの証明となります。
この審査厳格化は、特に財務状況が脆弱な企業にとっては死活問題です。次章では、最も頻繁に直面する不利な状況、すなわち「赤字決算」を例に、具体的な生存戦略を解剖します。
5. ケーススタディ:不利な状況下での具体的な更新戦略(赤字決算)
赤字決算はビザ更新において明確に不利な要素ですが、必ずしも不許可に直結するわけではありません。
重要なのは、赤字の原因を客観的に分析し、将来の改善策と成長戦略を具体的かつ説得力をもって説明する能力です。
赤字の状況別分析と対策
- パターン1:説明可能な赤字(開業1年目) 設立初期の設備投資や広告宣伝費がかさむことは一般的であり、入管もこの点を理解しています。そのため、先行投資による合理的な赤字であることを事業計画書で説明できれば、比較的柔軟に審査される傾向にあります。ただし、売上が全く立っていないなど、事業活動の実態が乏しい場合は厳しい判断が下されます。
- パターン2:事業の構造問題が疑われる赤字(2期連続) 審査は格段に厳しくなります。一時的な要因ではなく、事業の構造的な問題やビジネスモデルの欠陥が疑われるためです。損失の「傾向」は、一時的な落ち込みよりも深刻な警告と受け止められます。極めて詳細かつ実現可能性の高い事業改善計画の提出が必須となります。
- パターン3:事業継続が絶望視される赤字(「債務超過」および「売上総利益のマイナス」) これは事業の継続性に対する重大な懸念と見なされ、更新が極めて困難になる深刻な状況です。「債務超過」は会社の純資産がマイナスであることを、「売上総利益のマイナス」は商品を売れば売るほど損失が出ることを意味し、事業の根幹が揺らいでいる証左です。大幅な増資による債務超過の解消など、抜本的かつ具体的な改善策の実行がなければ、更新はほぼ不可能です。
最重要書類:「事業改善計画書」の作成法
赤字決算からの更新を成功させるための生命線は、専門家を納得させるレベルの「事業改善計画書」です。
以下の要素を必ず盛り込み、具体的かつ客観的な内容に仕上げる必要があります。
- 赤字の具体的な原因分析と改善策 「コロナ禍で売上が減少した」というだけでは不十分です。外部要因が自社のビジネスのどこにどう影響したかを分析し、「オンライン販売を強化する」「固定費を見直す」といった行動レベルでの改善策を提示します。
- 具体的な数値目標(売上・利益)とその達成ロードマップ 「半年後に月商〇〇万円、営業利益〇〇万円を達成する」といった具体的な数値目標と、それを達成するためのステップを時系列で示します。
- 資金繰り計画と財務健全化への道筋 改善計画を実行するための運転資金の確保策(自己資金、融資など)を明記します。債務超過の場合は、増資などによる財務体質健全化への道筋が不可欠です。
- 【最重要】新基準への移行計画 3年間の経過措置期間中に、資本金を3,000万円までどう増資するのか、常勤職員をいつ、どのように採用するのかといった、新しい許可基準へ適合するための具体的なロードマップを提示します。これは、単なる赤字脱却計画ではなく、貴社が新時代の経営管理ビザに値する企業へと変貌を遂げるための青写真です。入管は、この項目を通じて事業の長期的な継続性と日本への貢献意欲を判断します。
計画の信頼性を補強するため、中小企業診断士等による「企業評価書面」や、増資・融資を証明する登記簿謄本・契約書、将来性を示す新規契約書などを積極的に提出することが極めて有効です。
現状の事業モデルでは新基準への移行やビザ更新が困難な場合、他の在留資格を検討するという戦略的な選択肢も存在します。
6. 2025年以降の戦略的選択肢:代替在留資格の検討
新制度への対応が困難な起業家にとって、代替となる在留資格を戦略的に検討することは、事業継続のための不可欠な選択肢となります。
資本力、アイデアの革新性、そして個人の経歴に応じて、取るべき戦略は大きく異なります。
この制度改正は、外国人起業家のための在留資格制度に「二つの階層」を生み出しました。この二階層化は、起業家が自身の「資本力」と「アイデアの革新性」という二つの軸で、進むべき道を自覚的に選択しなければならない時代の到来を意味します。誤ったルートを選択すれば、時間と資金を浪費するだけでなく、日本での事業機会そのものを失いかねません。
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在留資格
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概要と対象者
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戦略的活用法
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選択肢1:
新・経営管理ビザ
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【対象】資本力のある起業家
3,000万円以上の資本金と常勤職員1名以上の雇用という新要件を満たせる、十分な資金力を持つ起業家。
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3,000万円という投資額に見合った事業計画の策定が必須。
資金を合法的に形成したことを証明する資金源の証明や、社会保険・労働保険の手続きといった労務管理の重要性が格段に増す。
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選択肢2:
スタートアップビザ(特定活動)
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【対象】革新的なアイデアを持つ起業家
テクノロジー分野など、革新的なアイデアを持つが、当初の資本力に乏しい起業家。
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地方自治体から事業計画の承認を得ることで、最長1〜2年の起業準備期間が与えられる。
この期間中に資金調達や会社設立を行い、最終的に新制度の経営管理ビザへの移行を目指すという二段階戦略の最初のステップ。
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7. 結論と推奨アクションプラン
2025年の経営管理ビザ制度改正は、日本が外国人起業家に求める基準を根本的に引き上げ、事業の「安定性・継続性」をこれまで以上に厳しく問うものです。
この歴史的な転換期を乗り越え、日本での事業を成功に導くためには、計画的かつ戦略的な行動が不可欠です。以下に、具体的なアクションプランを列挙します。
① 現況の客観的評価: まずは自社の財務状況(特に赤字や債務超過の有無)、事業活動の実態、そして税金・社会保険料といった公租公課や入管法上の届出義務の履行状況を客観的に評価してください。これが全ての戦略の出発点となります。
② 早期の戦略策定: 3年間の経過措置は準備期間です。この期間を最大限に活用し、新基準達成に向けた具体的な事業計画(3,000万円への増資計画、常勤職員の採用計画、独立した事業所の確保など)を早期に策定し、実行に移してください。「適合する見込み」がなければ、経過措置期間中でも更新は許可されません。
③ 代替案の検討: 現状の事業モデルでは新基準の達成が困難だと判断される場合、スタートアップビザを利用した資金調達からの再挑戦や、ご自身の経歴を活かした高度専門職ビザへの移行を、現実的な選択肢として真剣に検討してください。
④ 専門家への相談: 制度が大幅に複雑化した今、自己判断だけで最適な戦略を立てることは困難です。経験豊富な行政書士などの専門家へ早期に相談し、自社の状況に合わせた最適な戦略を共に構築することが、更新を成功させるための最も確実な鍵となります。
この変革は、単なるルール変更ではなく、日本で成功する起業家の「資質」そのものを問い直すものです。
周到な計画と専門家の知見を両輪とし、この挑戦を事業飛躍の好機と捉えることこそが、唯一の成功戦略であると思慮します。





